兄ちゃん、ツラ貸しな?

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 その直前に、辛そうに顔を歪めた千乃の動きが止まる。天音の唇に触れたのは、千乃の唇ではなく、吐息だけだった。 「……………ゴメンな、天。立てるか?」  先に身を起こして立ち上がった千乃が、天音に手を差し伸べた。 「………ん、平気……………ありがと………」  天音の顔は赤いままで、中々熱が引かない。気まずい沈黙………痛いくらいの静寂が、その場を満たす。 「………悪い、天。俺、寮室(へや)帰るわ。頭、冷やしたい。でも、この画像は消せない。…………明日には、いつもの俺に戻るから。」  それだけ言って、千乃は足早に第三会議室を後にした。1人残された天音は、千乃の足音が聞こえなくなると同時に『ガクンッ』と膝から崩れ落ちた。  赤いままの顔で、瞳から涙を零した。何故だかわからない〝もどかしさ〟に、涙が止まらなかった。   -あの一瞬。キスされるか、と思った-  『恋愛感情はない』と言明してくれた千乃を、一瞬でも疑った自分に、自己嫌悪に陥った。  そして、何より。近付く千乃の唇を、避けようともしなかった自分が信じられない。千乃が思い留まってくれなかったら、確実に天音は千乃とキスしていた。  天音と千乃は〝無二の親友〟だ。なのに、その千乃を、信じきれず疑ってしまった。  天音は、そっと指先で、己の唇に触れた。千乃の吐息の熱さが、残っているようだった。 -避けようともしなかったのは、決して嫌で  はなかったからなのか?-  自問自答を繰り返す天音。千乃は大事な親友。だからと言って、キスまで許せるか、と言うと………また話は別だろう。
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