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「…帰る、」
「…瑠璃、待って…!」
凛子が私の手を掴む。御構い無しに進もうとすると、目の前に慶くんが立ちはだかった。
こんなに至近距離で彼の顔を見たのは初めてだった。澄んだ瞳、長い睫毛、通った鼻筋、整った薄い唇。うっとりするくらい端正な、その顔。今は眉間に皺が寄せられ、厳しい表情になっていた。
「…とりあえず、俺ん家来い。健司も呼ぶから、」
「…でも、」
「健司は浮気なんかしねえ。お前が一番分かってんだろ、」
分かってる、はずなんだけど。不安で押しつぶされそうだった。
ケインが、他の子を好きになったらどうしよう。
実習の間、実家に帰るから会えないと言われても、別に平気だった。ケインが私以外に目移りするなんてありえないとタカを括っていたから。だけどよく考えれば、可能性が無い訳ではない。その可能性が少しでも見えた今、不安で堪らない。なぜ私は週末に会いに行かなかったんだろう。
凛子が抱き締めてくれたから、その腕の中で少し泣いた。
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