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彼女は、そこにいた。
要は、自分もそこにいたのだ。なぜかはわからない。とにかく言えることは、そこが一面雪原であって、そして前方の木の近くに彼女が立っていた、ということか。
紺色のコートを着ていた。後部から見る限りでは、短い黒髪が被さっている耳に、眼鏡の縁が確認できた。白く綺麗なマフラーを首に掛かり、赤い紐のついたカメラを手に取っていた。
彼女が両手でそれを持つ仕草をし、ファインダーを覗いたかと思えば、シャッター音が鳴る。何を撮っているのだろうか。白色の雪しか見えないはずなのに。
そう感じながら、彼女の方へ足を進める。少し雪が降っていて、肩に白い氷がほんのちょっと、被さった。
あと100数センチというところで、立ち止まる。すると彼女はこっちを振り返った。
無言でその人は視線を戻そうとする。そしてまた再度とカメラを持ち上げる。
「……何を、しているんですか」
今度は無視か。氷雪の欠片が一眼レフにかかるのも気に留めず、彼女は二度目のシャッターを切る。
「一体どうして……」
そう呟きながら、自分はさらに前へとでた。彼女の横に出たのだ。三度目のシャッターが切られると、持つ手は変えずに、ようやくこっちを向いた。「何を、撮っているんですか」
「……別に、何も。撮ってはいない」
「撮っているじゃないですか。カメラを持って、シャッターを切って。この一面雪で、なにも見えないというのに、どうして――」
「雪じゃない」
首を傾げた。どうみても雪で、後ろの木以外、白色しかない風景だというのに。
「そんなはずないでしょう。なぜ、そんな嘘を」
「……違う。嘘だというなら、見ればいい」
彼女は言い切って、カメラを差しだした。覗いて見ろというのだろうか。
仕方なくそうする。顔の位置まで上げて、手で支えた。
雪があるだけだろうと、そう確信していたーーのだが。
「解ったでしょう」
彼女の声とともに、狭い視界に風景が描画された。
そこには――、
町が見えていた。
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