幽世姫と朝霧君

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 そこらに放置されているビニール傘を拝借するのは? やめておこう。泥棒は良くない。  こんな時に合い傘を申し出てくれる幼馴染の一人でもいれば良いのだが、生憎とそのような素晴らしい人物は居ない。健斗の奴も、今日はゼミで帰りが遅くなるそうだ。  まぁ濡れても良いか、と晴れの日と変わらぬ歩調で歩き出す。  周りには上着を頭の上までずらして、セルフ二人羽織のようになった人々が駆けて行く。たいして意味もないだろうに。腕が疲れるだけだ。  キャンパスを抜け、大学の正門を越える。僕の家は、ここから徒歩五分の超近場アパートだ。風呂トイレ別な上に、家賃も安くて大変助かる。台風のたびに家屋倒壊を心配しなければならない事を除けば、最高の物件だ。  予想外の雨に、誰もが足早に僕の横を通り過ぎていく。ふと、視界の先に小さな段ボール箱が見えた。行きかう人々はその中身を見て表情に影を落とすが、歩調を緩めることなく過ぎ去っていく。一体何だ、あの中身は。  少しの好奇心に駆られて、横目で段ボールの中を見遣る。そこには一匹の子猫がうずくまっていた。  捨て猫とは今時珍しいな、とは思うが、特にしてやれる事は無いし、その気もない。     
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