幽世姫と朝霧君

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 捨てた人も考えが浅い。確かにここは人通りだけは多いが、単身用アパートに住まう学生がほとんどだ。当然、ペット禁止。大学のサークルハウスで飼うのも禁止されている。まぁ僕の住んでいるような、大家ですらその存在を忘れかけているようなボロアパートなら飼えるのかも知れないが。  特に何かを悩む事も無く、僕は歩き出す。  不意に、背後で細い鳴き声がした。  雨音に混じって聞き取りにくいが、確かに猫の鳴き声のように思えた。なぜなのかは自分でも解らないが、それが妙に気になって、足が地面に縫い付けられた。  首を後ろへ向けてそのまま数秒固まっていると、ひょっこりと子猫が段ボールから顔を出し、しまいにはそれを乗り越えて僕の元へと歩いてくる。  弱く、頼りないその足取り。しかし確実に、しっかりと僕の元へ近寄ってくる。  やがて踵の後ろにちょこんと座ると、もう一度か細く鳴いて見せた。  一歩歩く。子猫がちょこちょこと付いてくる。  もう一歩歩く。また子猫が付いてくる。 「……うちに来たって、何にもないよ」  なぜか声をかけてしまった。動物に。捨て猫に。僕は一体何をしているんだ。  子猫はそれで構わないと言う様に、僕の踵に頭を擦りつけた。             ☆  ハンドタオルで子猫の身体を慎重に拭いてやり、なけなしの食パンを千切って牛乳に浸し、小皿に盛りつけて出してやる。あぁ、なんで僕がこんな面倒な事をしなければならないんだ。     
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