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ラヴィーカルド王国の首都ファレストは煉瓦造りの建物が多い町並みである。特にアンロン街は、夕方になるとオレンジ色の光が煉瓦に溶け込んで絵画のような世界になる。
十四歳の少女ニーナ・マイヤーは、その景色を家の窓から見ることが好きだった。けれど今日は自分がその景色の一部。彼女はいつも見ることしかできなかった憧れの街を歩いていた。
しかし彼女の表情は暗く、モスグリーンの瞳は翳っている。日に焼けていない肌は病的なまでに白く、気づいたら声をかけてあげたくなるほど。ニーナもそれを予想してか、人目を避けるように大通りから外れ、影の多い路地を歩いていた。
(家に帰りたくないわ)
ふう、とため息を吐く。急勾配の屋根で寝ていた黒猫が、その吐息に気づいてそっと顔を上げたのが見えた。
猫に見られるのも怖くて、ニーナはわざと建物の影を選んで歩く。夕方は光が強いから、影も濃い。人より色の濃い赤毛も目立たなくて済む。……きっと父にも見つからない。
二年前に母が亡くなってから、父は変わった。過干渉になり、ニーナの行動によく口出しした。それが苦しくて辛くて、父の勤務中にこっそり家を抜け出した。このままどこかへ行ってしまおうと考えていた。
しかし人に顔を見られるのが怖くて、馬車を拾うことも道を尋ねることもできない。父に見つかったらどうしよう。体が弱いのに外を出歩いていたなんてバレたらこっぴどく叱られる。そんな不安が胸を占めて、せっかくの時間も楽しめなかった。
にゃあん。どこかで猫が鳴いた。さっきすれ違った黒猫だろうか。
ニーナが顔を上げれば、目の前に築五十年は経っていそうな古書店があった。傷だらけの扉に『OPEN』の掛札がある。
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