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 手を固く握りしめたまま、涙目で何度も頭を下げる母親の顔を思い出す。痛いほどに手を握られていたというのに、その手がすぐに離れてしまうとなぜだか分かった。  しんしんと静かに降る雪のせいで、母の顔は真っ白で今にも消えてしまいそうだった。不意に頭を下げた母と視線が合った。母は泣きそうな顔でくしゃりと笑った。 ――私はここに置いて行かれるのだ。  子供ながらに、母親の手が離れることが分かった。リリスは必死にミザリーに抱き着き泣いた。急に泣き始めたリリスを、修道院長は引きはがそうとした。  抵抗するリリスに困り果てた母は、膝を折ってリリスに言い聞かせたのだ。 「いい子にしていたら、すぐに迎えに来るから。――お母さまはわたしを迎えに来ると言いました。だから、わたしは言われたとおり、いい子にしていました。修道院長の言う事に逆らわず、同じように修道院にいる子たちの頼みを何でも聞き、誰かが八つ当たりの標的を探していれば黙って罵りの言葉を受け入れ、出された食事はどんなに生煮えだろうと食べ、お腹が空いても催促することもなく、誰の迷惑にもならないよう常にすみっこを歩き、ひっそりと生きてきたんです」  リリスは頭を抱えた。  目を閉じると、あの日の母親の顔が蘇えり、体が凍りつく。唯一のつながりである温かな母の手が離れた瞬間の、あの冷たさが蘇えってくる。
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