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「ちょっと、困りますよー。置いて行かないで、ぐだざいぃいい!」  リリスはとうとう涙をあふれさせた。  おいおいと泣きながら、シドに手を伸ばす。けれど、シドはリリスを気にも留めずに両手を耳に当てたまま、マンホールの中に飛び込んだ。 「……一人に、しないでくださいよ」  虚しく一人取り残され、よろよろとその場にへたり込む。呟いた言葉が虚しく消えて行った。  惨めな自分に涙が止まらない。ごしごしと、目を擦っていると目の前に白いハンカチが差し出された。  驚いてリリスは顔をあげる。 「――大丈夫かい?」 「あ、ありがとうございます」  涼しげな焦げ茶色の瞳と視線がかちあった。優しく細められた綺麗な瞳に、つい見入ってしまう。  そこに立っていたのは、フロックコートを着た年若い紳士だった。背後には二輪馬車が停まっており、中で従者らしき男性がこちらを見ている。  青年は山高帽(ボーラーハット)を脱いだ。その下に隠れていた細く艶やかな栗色の髪がさらりと揺れた。 「悪いと思いながらも、君と先ほどの彼の様子を見ていたんだけどね。――気にすることはない。君のような女性を無下に扱うなんて、ロクな奴じゃないよ」  青年はリリスに手を差し伸べた。リリスは遠慮がちにその手を掴み立ち上がると、深々とお辞儀をした。 「君のような……そうですね、わたしのような愚鈍でじめじめした、なめくじ女はきっと、見ているだけで不愉快なのでしょう。だからシドも、隊長さながらな暴君のように振る舞ってしまうのですね……」  リリスはじめじめと落ち込み、ハンカチを握りしめて俯く。
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