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「汚い顔で縋り付くな、鬱陶しい。隊服が汚れたらどうする。涙を拭きたければ自分の袖を汚せ、ずうずうしい。――いいか、これも訓練の一環だ。野良犬如きを手なずけられずに、ファントム・ハンターができると思っているのか」
「野良犬なんて可愛い者じゃないですよ! あそこにいたのは、猛獣です! こんな小娘、きっと一ひねりですよ」
「そんなに心配することはない」
ふっと、アルバートの表情が柔らかくなった。珍しく穏やかな表情に、僅かな期待が生まれる。
しかし、その期待は見事に裏切られた。
「――その時は、隊員全員で弔ってやる」
ぽん、とアルバートがリリスの肩を叩く。
死刑宣告のような言葉に、リリスは泣くことも忘れて凍りついた。
そんなリリスを横目に、アルバートは階段を上がった。
踊り場の壁にはレバーが付いている。レバーを倒すと壁が回転して、機械式のエレベーターが現れた。軋む歯車の音が止まり、壁の隙間から白い蒸気が漏れだす。
「では、女王陛下の名のもとに君の幸運を祈ることにしよう」
アルバートは背筋を伸ばし、敬礼をした。
「お、お待ちください隊長!」
リリスは手を伸ばす。その手にはハンカチを握っていた。
「ハンカチの事なら気にするな。洗って返そうなどと思う必要はない。そんな面倒なことはせずに、新品を買って返せ。そして、ロンドンで流行りの香水をふりかけて私の元へ持って来い。――以上だ」
蒸気が立ち込めるエレベーターに、アルバートは乗り込んだ。壁が締まり、エレベーターが動き出す。
伸ばした手が行く手を失くして彷徨う。リリスは憂鬱な息をはきだすと、手を下ろした。
「……傷、もう治ってる」
青年に噛まれた首筋に触れ、滴れ落ちていた血を拭う。すっかり痛みもなく、皮膚は完全に塞がっていたのだった。
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