3-5

4/9
前へ
/219ページ
次へ
 ロンドンの郊外のアパートが、リリスの家だった。  今思い出すと、父親は開業医だったのだろう。白衣や聴診器、薬瓶――両親の部屋には、医療器具が揃っていた。父は鞄の中に仕事道具を入れ、診察へ行っていたのだ。それについて、母親もよく家を空けていた。リリスはいつも雑役女中と二人きりで家にいた。  寂しくて、両親が帰ってこないかと窓の外を覗いては姿が見えずに落ち込んだ。アパートの前に馬車が停まる度、玄関に駆け下りて行った。そして、両親ではないと分かれば大泣きをして女中を困らせた。  そんな日々の中、珍しく母親――ミザリーが、まだ日も高いうちに帰宅したことがあった。  嬉しくて抱き着くリリスに、彼女はレモン色のドレスをプレゼントした。白い小花の刺繍が裾にちりばめられた、可愛らしいドレスだ。  ふわふわと広がるフリルを揺らしながら、リリスははしゃぎ回った。そんなリリスの頭を撫ぜると、彼女は女中に大きなカバンを渡した。  女中は彼女と言葉を交わすと、リリスの部屋へ向かった。戻って来た女中は、パンパンに膨れた鞄を母に渡した。 「――寒い冬の日、わたしの荷物を抱えた母とわたしは馬車に乗りました。どこへ行くのとわたしが訊ねても、母は何も答えてくれませんでした。その代り、私の頭を撫ぜながら抱きしめてくれました。それが心地よくて、いつの間にかわたしは寝てしまって。気が付くと、とある修道院の前でした。迎えてくれた修道院長に荷物を渡した母は、何度も院長に頭を下げていました」
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加