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とあるこぢんまりとしたビルの一角。
もとは何かの事務所として使われていたらしい階のドアを開き、少年が姿を現した。ドアを閉めながら、片手に携えた分厚い封筒を持ち上げる。
「ただいま、猫。依頼を受け取ってきたよ」
猫と呼ばれたのは人間の少女だ。だらりんと室内のソファにのびた彼女は「おかえり~」と間延びした挨拶を送る。歳は少年と同じくらい。毛先が跳ねた茶髪は、肩に触れる辺りの中途半端な長さ。あくびを漏らし、茶色がかった瞳に薄く滲んだ涙を拭っている姿は、少年と対照的である。
「犬は真面目だよ。呼ばれればちゃんと、雨の日だろうが関係なく相手のところへ飛んで行くんだから。見習うべきだって毎回思う。あくまで思うだけだけど」
猫と呼ばれた少女が少年を犬と呼ぶ。犬は窘めるように笑みを浮かべた。
「接客は僕が担ってるからね。猫に任せると来る仕事も来なくなるよ」
「嫌味も爽やかだから憎いねー」
猫の言葉を苦笑で流し、犬は手馴れた様子で封筒の口を留めている紐を解く。その動作を見ていた猫がふと口を開いた。
「……あれ、封筒濡れてる。犬もちょっと濡れてるな。どうしたんだ? そこまで強い雨だとは思わないけど」
「ああ……またどこかの野良さんに突っかかられちゃってさ。ひとり撃ち殺してきたんだ」
「あらら、ここんとこ多いな。そりゃ災難で」
日常会話とまったく変わりない調子で、少年と少女はひとつの死の話題を終えた。この先二度と、名前も知らない殺し屋の男の話題は出ないだろう。封筒から書類を取り出した犬が、ソファのそばのテーブル上にそれを広げる。
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