一宿一飯の恩義・そうして新しい物語が動き出す

2/10
前へ
/108ページ
次へ
  ”薄給の冴えないサラリーマン氏”は   手嶌 竜二と名乗った。   *丁目交差点にそびえるように建つ   そのマンションは、新築で地下3階地上30階建て   発売開始から僅か10分足らずで完売したという   超人気物件だ。   しかも手嶌の戸室は最上階。   郵便受けの扉にも、玄関口の表札にも   ”手嶌”と書いてあったので偽名ではないだろう。   実桜は上京したての田舎娘みたいに、   1階エントランスホールからこの部屋へ着くまで   目を見開きっ放しだった。 「おじゃましまーす」   実桜は恐る恐る彼の戸室に入った。 「意外に質素なんだねぇ。表はあんなにゴージャス  だったのに」 「そこいらで適当に寛いでていい」   そう言って上着をソファーに置いた。   実桜は勝手に冷蔵庫を開け缶ビールを飲む。   そしてミネラルウォーターをおっさんに”ん ――”   と言って渡した。   どこからともなく雑種の仔猫が現れる。 「ただいま、ニャース」   ニーと鳴いて足に絡みついてくる。 「って、その猫ちゃんの名前?」 「悪いか?」 「い、いや、別に悪くはないけど ”ニャース”って  なぁ、あまりにもベタすぎて……」 「生き物は必ず死ぬ。下手に凝った名前つけて  情が湧いてしまったら、別れが辛くなるだけだ」 「じゃ、飼わなきゃええやん」 「……間違ってその子の母親、車で跳ね飛ばして  しまったんだ。事切れて、ピクリとも動かなくなった  母親の乳を無心で吸ってるそいつ見たら、もう  何だかなぁ、放っておけなくなって……」   そう言いながらネクタイを解く手嶌を見て、   「ふぅ~ん」と相づちを打つ実桜。 「手間かけたな。あそこまで酔う事はめったにないん  だが……」   実桜は飲みさしのビールを置いて、   いきなり洋服を脱ぎ始めた。 「お、おい、 何してる」 「何って……脱いでる?」 「なぜ?」 「シャワー浴びるんじゃないの?」 「浴びるのは私でキミじゃないだろう?」   実桜はムーッと膨れる。 「あたし、上背のあるおっさん支えてココまで来て  めっちゃ汗かいたぁ~。それなのにこのまま眠れー?  うっそぉー、信じられなぁーい」 「わかった、わかったから。先に浴びておいで」 「はぁ~い」   実桜はそういう手嶌の目の前で真っ裸になった。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加