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幼い頃の父は仕事が忙しくあまり家には帰って来なかった。
幼稚園の頃は俺が起きる前に家を出て寝た後に帰ってくる生活だったので、「父ちゃん次はいつ家に遊びに来るの?」などと残酷な疑問を投げかけてしまったこともあったらしい。
それでもたまの休みの日にはよく近所の公園に連れていってくれた。すべり台の隣、ライオンの絵が描かれているベンチに座って一緒にジュースを飲みながら、幼稚園のこと、友達のこと、好きなアニメのこと、思いつく限りのことをたくさん話した。父も自分の子供の頃の話や俺が赤ちゃんだった時の話をしてくれた。そんな時間が大好きだった。
小学生になり、初めての運動会では散々な結果だった。早生まれのせいか同級生と比べて足が遅く、短距離走は苦手だった。
しかし負けず嫌いの性格がそれを苦手の一言で片付けさせることを許さなかった。2年生の夏休み、公園での猛特訓が始まった。
母が買ってきてくれた陸上の本を読み、肉も野菜もたくさん食べた。毎日公園で何度も何度も走った。
特訓を始めて最初の日曜日、特訓付き合ってやるぞ、と父が付き添ってくれた。
父の特訓は厳しかった。腕はもっと真っ直ぐ振る、もっと足を上げる。父が声を張り上げるなか必死で走った。暑さで 胃の中が沸き上がりそうになりながら、何度も何度も走った。
特訓後の夕焼けのなか、いつものライオンのベンチ。父はいつもと同じオレンジジュースを買ってくれた。
「父ちゃんはね、陸上でインターハイに出られなかったんだ」
いつものコーラを片手に、少し寂しそうに呟いた。
父ちゃんにもできないことがあるんだ、と驚くとそりゃあるよ、と笑った。
「じゃあおれが陸上のインターハイってやつに出る!男同士の約束だ!」
「お前もそんな一丁前の言葉を言うようになったか!大したもんだ!」
豪快に笑ってみせた父は嬉しそうで、でも少し寂しそうでもあった。
「いいか、男同士の約束はな、絶対に守らなきゃ駄目だ。男には絶対にやらなきゃならんことがあるんだ。わかるな?」
うん!と元気よく答えた俺は、その言葉の意味をどこまで理解していたのかは分からない。
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