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そして地区大会本番。
陸上競技場のコンクリートに太陽が照り返して全身に暑さが降り注ぐ。
鼓動と、高揚と、頭が冴え渡っていく感覚。コンディションは最高。やれるだけの努力はやった。いまの自分に不可能はない、そんな気がする。
スタートラインに立ち、周りを見渡す。
集中。雑音はもう耳に入らない。全身の筋肉が奮い立つ。
小気味良いスタート音と共に駆け出す。
そこからは記憶がない。気付いたらゴール後の手続きを済ませ、仲間に肩を抱かれて涙を流していた。
地区大会8位。インターハイ出場への切符は得られなかった。
本当に全力を出し切れていたか。走っているあいだ、ほんの少しでも受験勉強の不安がよぎらなかったか。気になる女子が応援に来ていることを意識しなかったか。もう一瞬だけ早くスタートができていたら。ほんの少しだけ速く加速できていたら。もう一度だけ、ここで走れたら。
そんなことを考えてながら家に帰った。試合を観に来るなと言ってあった両親の、顔を見るやいなや涙が溢れた。
「インターハイ、行けな、かった。行き、たかった。男同士の、約束、だった、から」
しゃくり上げながら子供みたいにわんわん泣いた。
覚えてたのか、と小さく呟き、父は子供をあやすように俺の頭を撫でた。
「男同士の約束はな、ぜったい守らなきゃ駄目だ。だがな、お前は頑張った。父ちゃんも母ちゃんもちゃーんと見てた。だからな、お前はこの頑張ってきたもんをしっかり持って、でっかい男になれ。これがお前と父ちゃんとの、新しい男同士の約束だ」
父の大きさと、大人になったつもりでいた自分の小ささを突きつけられた気がして、声にならない声で何度も頷いた。
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