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01.渇きと衝動
生きていく意味って何だろう。
拳が空気を鋭く切り裂きながら顔を目掛けて迫り来た。桜井英二は半身になってその拳をかわした。息つく間もなく、別の拳が再び自分を狙って襲いかかってきた。
夢とか希望とか、そういうものって全部空虚なまやかしに過ぎないんだろうな。人間のやわな心を満たすために生み出された麻薬のようなもの。きっとそうに違いない。
自然と体が反応し、英二はその拳を再度ぎりぎりの所でかわした。こんなのは慣れたものだ。朝起きてベッドから抜け出し、服を着替えるのとさして変わりない。
「くそっ……舐めてんのか!」
「調子乗りやがって……!」
目の前の二人が顔をしかめながら毒づいた。
薄っぺらな威勢でいい気になってるのはどっちだよ。
胸の奥から燃え上がる炎のように衝動が込み上げた。体中の血が一斉に沸き立ち、脳内の回路が音を立てて切り替わるのが分かった。
英二は二人に向かって素早く踏み込み、手始めに左の男のみぞおちに拳を見舞った。
「うぐっ」
男は苦しげな声を上げ、腹を抑えて丸まった。
まだだ。
英二は下から拳を突き上げて顎を打ち抜く。
「うがあっ」
男は勢い良く後ろへ倒れ込んだ。腹と顎を押さえてのたうち回っている。
英二はもう一人の男に目を向けた。目の前の光景に男は顔を引きつらせているが、それでも果敢に向かってきた。
男の拳はまるでそうなることが予め定められていたかのように、英二の顔の横で虚しく空を切った。
英二は懐に踏み込み、男の肩を両手で掴んで腹に思い切り膝蹴りを入れた。
「がっ……!」
男は膝から崩れ、腹に手をあてがい苦しそうに喘いだ。
勝負の行方はあっという間に決した。
「もういいだろ」
眼下に無様に這いつくばる二人の男を見下ろしながら英二は吐き捨てるように言った。込み上げていた衝動は急激に収束していった。
英二はそのままくるりと踵を返し、路地裏を出るとまるで何事もなかったかのように街中の道を歩き始めた。
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