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3 譲渡証書
3 譲渡証書
私をティーと呼ぶのは、彼だけ。
この人は本当に彼の知り合いらしい。
渡されたのは、緑のリボンで結ばれた、くるりと巻いた羊皮紙。
「これは?」
「勇者殿に贈られた土地の、譲渡証明でございます」
私はゆっくりと首を振った。
「勇者の物は、皆王室に戻されるの」
この家も、調合道具も。すべて。
「いえ、勇者殿から、貴方様への、譲渡の証明でございますよ」
「私への?」
「勇者殿が貴方様のお住まいにと望まれ、手に入れられた、静かな田舎家の譲渡証明書でございますよ」
彼が、手に入れてくれた、私の家?
じゃ、ここを追い出されても、私はそこに住むことが出来るの?
追い出されると同時に、彼から住む家を送られるなんて。
彼からの、最後の贈り物。
私はふらりと立ち上がった。
「わかりました。今からそこへまいりましょう」
相手はちょっと驚いた顔。
「このまま、で、よろしいので?」
私はこくんとうなずいた。
仕事一筋に打ち込んでいて、知り合い一人作らなかった。持っていきたい物もない。
どうせすべてに、差し押さえの魔札が貼られているのだ。
もう、どうでもいい。
彼がいないのに勝利に湧き騒ぐこの街も、彼が王から賜ったこの館も、もう見ていたくない。
冷静な時ならば、ヨハンが生きていてくれたならば、そんな無茶はしなかったろう、と後になって思ったが。
訃報と睡眠不足と差し押さえのショックで呆然としていた私は、ふらふらと、ミューなんとかと名乗った相手が差し出す手を取った。
「では、仰せの通りに、今すぐまいりましょう。
乗って来た馬車をそこに待たせております。こちらへどうぞ」
角を曲がると、小さく華奢な2頭立ての馬車が止まっている。
ネズミのような顔をした御者が、ちょっとびっくりしたような顔をして、それでも陽気に笑いかけて来る。
彼が私のために手に入れてくれた家。
彼からの、最後の贈り物。
その譲渡証書と、バンバラのダークの鉢だけを手に、私は馬車に乗り込んでしまった。
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