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馬車を降りるのに手を貸してくれたミューさんは、扉の前まで私を導くと、ポケットから古びた大きな鍵を取り出し、錠を開いた。
その鍵を私に手渡し、扉を開いて、どうぞ中へ、と身をかがめる。
大きな黒い飾り金具がついた、丈夫そうな樫のドアを開けると、マントやブーツを置く小部屋風の玄関。その奥は、良く磨かれた敷石の居間。
古風な木の食卓と一つずつ形の違う手作りの椅子が六脚。大きな暖炉の前には、揺り椅子が一つ。右と左にドアがあり、奥には二階に上がる階段。
「ああ、掃除はいきとどいているようですな。
では、ご到着を知らせに、ちょっと村まで行ってまいります。
中をご覧になっていてください。
ここは治安のよい土地です。お一人でも危険なことは何もございません」
ミューさんが出て行ったあと、私はしばらくぼーっと部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
あまりに早い展開に、ついていけずに。
ここが、本当に、私の家?
好奇心に負けて、左のドアを開けると、そこは台所。
黒光りする鉄のオーブン。小さな手押しポンプのある石の流し。
取っ手を下げると、きれいな水がほとばしって、乾いた石の流しを濡らす。
裏口を開けると、物干しがある裏庭。もとは家庭菜園だったらしい、雑草が茂り放題の小さな囲い。
戻って右のドアの方へ行く。
寝室は、きっと二階。では、ここは・・・
「あっ!・・・」
ドアの向こうは、古風な調合室だった。
乳鉢や旧式の魔石ランプ、調合秤やガラス瓶。
見慣れた懐かしい品々が棚に並んでいる。
元の持ち主が、大切に使い込んできただろう、見慣れた品々。
最近は緩みっぱなしの涙腺がまた緩んで、どっと涙。
差し押さえられた王都の邸で、ただ一つ、私が持ち出したかったのは、ずっと使って来た調合道具だったから。
この家の元の持ち主は、私と同じ、『薬師』だったのだわ。
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