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紅茶をすすりながら、冷凍庫から朝食のパックを取り出す。日付と朝食という数字が大きく記され、さらに自分のコードナンバーと、名前がくっきりと印字してある。
カロリーも必要な栄養素も計算されつくした麻子のための食事であった。
レンジに入れて、温めながら未明の浅い眠りで視た夢について考えた。今朝の夢にはさらに音楽がついていた。
清見の奏でるピアノだった。ピアノ・フォルテ。鍵盤がリズミカルに上下するその先のフレームに清見の顔があった。
――清見。清見の奏でるショパン。ノクターン変ロ長調作品2。
ああ、違う。
いま流れているのは、これはリストの……『聖フランチェスコ』で、曲はすっかり輻輳しているのだ。思いもメロディーも全部まぜこぜに麻子を揺り動かす。
清見、自分が生んだ娘でありながら、長い間会ってない。眠れないと悩む麻子を、いたわるように、または突き放すように流れる夢の中のピアノの音色。
麻子は思う。自分の生は何のためなのであろうか? と。
戦争のあとに選ばれて生き残ったことを。
そのとたん、はっと考え直す。まさしくこんなことを考えることが、自分の人と違う部分なのだ。いけない。
食事をしよう。麻子は『食事をしましょう』と命令のように電子音を話すレンジからトレイを出し、卵を模した合成たんぱく質をつまんで口に入れた。
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