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ズオゥッ! と排水溝に水が吸い込まれる音を何十倍にもしたような轟音とともに空いた穴は、そこからゆっくりと周囲の空間を飲み込み始める。黒と白と灰色と紫と濃紺と茶色と土留(どどめ)色が混ざっているような、気味の悪い色をした穴の淵からは、赤黒く腐った血液のような何かがドロリと溢れ出し、それが大竹には世界が涎を垂らしているように見えた。
まるで食べられているようだ、と。
「お母さん……助けてぇ……ねえ! お母さんってばぁ!」
大竹も、母を呼ぶことに意味があるなんて思っている訳ではない。残業中のオフィスに母親はいないなんて理解している。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
誰だって、今まで過ごした世界が目の前で壊れれば、叫んだとしても不思議はない。
大竹は、この状況で自分が助かる未来を思い浮かべることが出来なかった。世界に穴が開くという壊れた世界で、どうすれば生き続けられるか考えることも出来なかった。
だから――きっと私はこのまま死ぬ。結婚もせず出産も経験しないで死んでしまうんだ、と達観することも出来なかった。
大竹の中にあるのは、たった一つ。
「死ぬのは嫌ぁ!」
だから大竹は、助けを願った。
助けを呟き、助けを嘆き、助けを懇願し、助けを心から求め、
「助けて、助けて、助けて下さい、助けて、お願い、助けて、します――だから!」
必死に、精一杯に、助かることを最後まで諦めず、諦めきれず、大きな声で欲した。
「誰か……助けてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
だから、こそ。
願いは叶う。
『――ああ、助けてやる』
直後、世界に空いた穴が、虹のように美しく、けれど凄まじい光に、喰い潰された。
「――ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
巨大な咢が噛み付くように、それは本当にあっけなく、消えていった。
「は……ぇ?」
驚くことも出来ない呆けた声。大竹には何が起きたのかわからなかった。
ただ分かることは、それまであった耳鳴りのような嫌な音と、まとわりつく不快感、恐怖すらもが世界の穴と一緒に消えている事。そして、世界に空いていた穴が喰い潰されたあと、余韻のように浮かぶ光の残滓が、一人の少年を照らしていることだけだった。
だれ? そうは思うが、大竹の口に言葉を発せるだけの余裕はなかった。
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