第1章

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 だから、見つめる以外に出来ることがない。  少年は、オフィスを見渡すように視線を動かし、ほどなく大竹を見つけた。  そして、見つめ合う。  大竹の感想として、 (不思議……でも、綺麗な瞳……)  薄暗いオフィスにいても少年の目が見えるのは、その眼が人間ではありえない色に輝いているから。比喩表現としてではなく、実際に光を発している。  虹のような、いくつもの光がマーブル模様に混ざり合う、美しい光。  その光は瞳だけではなく、少年の左手も湯気や靄のように包んでいる。  大竹にとってその光は、さっきまでの混乱を忘れさせる、とても優しいものだった。  少年の言葉が不意に響く。 「世界の矛盾は元の状態に縫い合わせた。あとは、あんたを起点に重なっちまった船を、元の流れに戻してやるだけだ」  光る瞳を持つ少年は不思議で理解の難しいことを言いながら、大竹へと足を出す。  髪を適当にワックスで纏めたような少年が着ているのは、学生服。学ランという、2030年現在にはなかなか希少になりつつあるそれのボタンをすべて外して、中の赤シャツを晒すという、だらしないと言える恰好でつかつかと大竹に寄っていく。  寄れば寄るほど互いがはっきりと見分けられるようになるのは自然の摂理だろう。  故に、大竹は息を飲んだ。 (この子、大きい……)  身長や体格が、という訳ではない。  そう感じさせるほどの圧倒的な存在感が、少年にある。  それこそ、少年と言うに憚れるほどだ。  そんな少年が、訳も分からず世界に空いた穴を消して、自分を助けてくれた。  彼がどこから現れたのか分からなくても、自分の下半身が消えるという超常現象に未だ苛まれていたとしても、大竹にはもうどうでもよくなってしまっていた。  自分より遥かに大きい存在を前に、心を奪われてしまっていたのだから。  ぽー、と少年を見つめる二十六歳の目は、もう何年も前に忘れてきたはずの少女のそれで、一歩また一歩と少年が近づいてくる度に、胸が締め付けられていった。  尻餅をついた状態の大竹を見下ろせる位置まで近づいた少年は、そのままで一拍、おもむろにしゃがみこんで視線を合わせると、唐突に問う。 「いいか?」  普段なら、何が? と大竹も問い返していただろう。  しかし、今の心理状態で、少年に疑念を向けることは出来なかった。 「う、うん……」  小さく、か細い声での返事と、頷き。
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