第1章

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 消えていた大竹の下半身が徐々に形を現していった。  少年は、大竹の消えていた体が現実の世界へ復帰したことを確認すると、繋いだ手を引いて立ち上がらせる。 「いいか、出来るだけ強く、空間に想いを伝えろ。自分という存在を現実に知らしめるんだ。あんたがあんた以外の何者でもないことを、世界に認めさせてやれ」  壮大な言葉を当たり前のように口にする少年に、大竹は戸惑うこともできず言われたとおりに強くイメージする。  しかしそれは、難しいことではなかった。  巨大な泡に包まれた宇宙のような映像が少年と繋いだ手から流れ込んできて、それが世界だという事は理解できた。そして、その映像の中で重なってしまっていた二つのシャボンを引き離し、離れた泡の中には自分が存在しているという事を認識するだけで良かった。 「世界が迷って矛盾を生むなら、俺はいつだってその矛盾を修正(リセット)する。だから安心してイメージするんだ」  大竹がイメージを明確にした瞬間、彼女の全身を覆っていた光がひと際強く明度を上げて、オフィス全体を塗りつぶした。  そのとき――世界の修正(ワールドリセット)が完了した。  虹のような数多の色を内包した純白という矛盾した光の中で、少年の声が響く。 「そうだ、それでいい。世界の一部を再編するには生きる奴の想いが不可欠だ。今回の『侵食現象』は二つの世界のあんたが、偶然にも同じ時、違う世界の同じ場所で、同じ考えを持っちまった事による事故。忘れるのが一番だが、忘れなくても支障はない」  大竹の手から少年の手が離れ、世界を塗りつぶす光の中で声だけが伝わる。 「ただ忘れないでくれ。一度でも『侵食現象』を引き起こした人間は、また同じ現象を引き起こす可能性が高くなる。だから、もしまたこんな現象を引き起こしちまうような事があったら、迷わず助けを叫べ。俺はその声を聞き逃さない。そのときには必ず俺があんたを守ってやる」  光の中で、少年の声はだんだんと小さくなっていった。  それが別れの時なのだと、大竹にもなんとなく理解できた。  そしてそれは、避けることが出来ない運命だという事も。  けれど大竹の手は我慢出来ずに、光の中で少年を求めて宙を掻いた。 「ま、待って! 名前、名前を教えて!」  十分にも満たない邂逅は、大竹の胸をつかんで離さず、 「俺の、名前は――そら……」
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