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「な、なんなのよ……これ。分かんない、分かんないわよ」
否定する言葉。理解することを拒絶する呟き。
怖い。知ってしまうことが、ここに居ることが。
暗さが。夜。一人が――。
――なにより、いま自分が立っている現実が――怖い!
大竹は走っていた。怖さから逃げ出すように、暗さから抜け出すように、オフィスの照明スイッチがある壁際へと動いていた。一秒でも早く明りが欲しかった。
けれど。
「あれ、なんで! どうしてよっ!」
前に。
「意味わかんないッ!」
進めない。
慌てて視線を下に向けてみれば、そこに、自分の足がない。
「ッッッッッッ――――いやあああああああああああああぁあああああああぁああ!」
それどころか、腰から下の自分の体が消えている。
大竹は自分の下半身が消えるというあまりの恐怖に尻餅をつき、
「いや、え……なんで?」
普段なら絶対につくらない不細工な表情を浮かべた。
混乱していなければ、そのときに気付けたはずだった。
下半身がないのに、どうして尻餅をつけたのか、ということに。
「なに、これ……? やだよ。足がなくなっちゃったよ……なんでよぅ……」
ぽろぽろと涙が溢れる。自分の身に起きている事があまりにも恐怖を煽ってきて、痛みなんてこれっぽっちも感じてないのに、とても痛いと錯覚させられていた。
だが――それ以上を。
世界の異変は大竹に与える。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンンンンッ! と。
突然、声まで詰まるような強烈な音に、大竹は耳を塞いだ。
聞こえたそれは、はじめのうちは馬鹿でかい音量の耳鳴りに聞こえ、次第に猿が上げる悲鳴のような、あるいは硝子を金属片で引っ掻いたような不快な音に変わっていった。
次いで起こるのは、景色の湾曲。
オフィスに並ぶデスクが、
天井に並ぶ蛍光灯が、
壁際に並ぶ大きな窓が、
水面に映る絵のように歪み、ギュルリと捻じれ、捻じれ、捻じれ……ネジレテ、
―― 世界に穴が開いた ――
「ひぃっ!」
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