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仕立てのいい黒のスーツを綺麗に着こなす人は、真っ直ぐにこちらを見ている。一分の隙もない視線はとても鋭くて、気質の仕事ではないとすぐに分かる感じがある。
「ギリギリで、もう来ないかと思ったよ」
「しょうがないだろ、俺みたいな仕事の人間が堂々と来たら迷惑になる」
「私服姿でくれば分からないよ」
これで気を使ってくれる恋人は静かに歩み寄って、困ったように笑った。
恋人ベリアンスと知り合ったのは、半年くらい前。くたびれた喪服を着て、魂も抜けたように歩いていて、車の前に飛び出そうとしているのを止めたのが切っ掛けだった。
妹の、葬式だったらしい。
母を早くに亡くして、父の跡を継いで現在はとあるヤのつくご職業。それ自体はいいらしかった。ボスもいい人だと言っていた。
けれど少し下の妹が病気がちで心配で……とうとう、亡くなったんだそうだ。心臓の病気で、移植を待っている状態だった。
丁度休みで、家で何かを作ろうと買い物に出た所だったからそのままベリアンスをマンションに引っ張っていって、そこでフレンチトーストを振る舞った。
丁度食べようと思って、フレンチトーストとコーヒーを出したら彼は泣いた。「妹がよく作ってくれた」と言って。
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