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一 『新宿黒兜!』
──涼しげに月が光る夜だった。
と言っても、まだ八月の終わり。暦の上では既に残暑に入っているらしいが、地上に居れば黙っていても汗ばむ。
まして眠らぬ街、新宿では、どんなに冷たい月も、むんむんと熱気に満ちた街の明かりの前には、すっかりその存在感を奪われている。
「今夜、呼び出したのは他でもない」
繁華街に伸びた、とある雑居ビルの屋上。
巨大な看板広告の電飾からは死角になった、薄暗い場所。蒸されるような暑さにもかかわらず、全身を黒装束に包み、頭部にも黒い兜と黒い仮面を被った、何とも怪しげな男が言った。
「各々、準備は出来ているな──」
厚い胸板から発せられた、低くしゃがれた声である。
「はい、抜かりなく」
答えたのは四つの声。
これは男女のものが入り交じっているが、彼らもまた、黒い兜と黒い仮面で顔を隠し、上から下までが真っ黒な衣装である。
大小五つの影は今、屋上のコンクリートに丸い塊となって、小さな輪を作っている。
街を見下ろせば、そこには真夜中の新宿を、起きながらにして夢を見るように歩いている人たちが行き交っている。が、勿論、ビルの屋上に居るこの怪しい黒装束五人衆に気付く者はない。
「レド、先日の怪我はもう完治したか?」
しゃがれた声は、また尋ねた。
片膝ついて彼に頭を垂れる四つの影のうち、今度は一番大きな塊だけが答える。
「はい、デロ様。一度骨が折れたお陰で、以前よりも剛腕になった気さえ致します」
デロと呼ばれた男は、黒い仮面の奥でフムッと小さくにやけた。そして今度は、レドという大男の横に居る、やはり大柄な、けれどこちらは横に幅広い女の影に言う。
「テナ、宇都宮での修行は上手くいったか?」
「はい、デロ様。落ちこぼれの私を見捨てないで下さり、感謝しています」
デロは仮面の中でまた笑った。今度は頷くような微笑みだったが、直ぐにその視線を四人の中で最もか細い影へと移す。
「ベル、私は臆病者のお前が心配でならん。本当に神に命を捧げる勇気があるか?」
「勿論です、デロ様。確かに私は四人の中で一番の臆病者ですが、けれど誰よりも神を、そしてデロ様をお慕いしております」
デロは仮面の下で真顔になって頷き、最後に最も小さな影に目をやった。
「さて、ベルよりも気掛かりなのはシバ、お前だ」
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