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ようやく、私の顔を見てくれた。私がそらしたくなるけれど、我慢。
「活字中毒なのに、自分の気持ちを表現したり、文字を書いたりすることが苦手な僕が頑張ったんだよ」
いつもより、低く響く声に私は息が詰まる。
毛糸がころころ転がるような、軽やかで落ち着きのない声ではない。大人の男性のような声だった。
一瞬だけど目を合わせ、橋岡くんはまた俯いてしまう。
「ずいぶん遠回しな告白ということで、いいかな」
「そうだよ!」
また、ふわふわした声と表情に戻る。だけど、私の知っている幼い橋岡くんだけではなく、大人な一面を持ち始めた。ニキビやヒゲは身体的な面だけど、精神的な面でも。
体の力が抜けたけれど、まだ私のやるべきことは終わっていない。
「私からも、これを」
持っていたトートバッグに手を入れる。
中から黒い箱を取り出して渡した。大きさも重さも、橋岡くんが渡してくれた箱と同じ。
違いは、リボンはかけていない事。うまく結べなくて、シワだらけになってしまったからやめた。橋岡くんみたいに丁寧に出来なくて、ちょっと落ち込んでしまったけれど、言わなければバレない。
「中身を当てたら、開けていいよ」
受け取った橋岡くんは、目を丸くして確かめるように私に問い返す。
「幼馴染の男に告白されて、友達でい続けるか付き合うか迷う女の子の話?」
こういう時、さらっと正解を言えるのが橋岡くんの前向きなところだろう。私が憧れる部分だ。
「その子がどのような結果を導き出したかは、小説を読んでね」
初めて小説を書いた。上手く書けたかと言うと、まるで自信はない。
初めての経験で楽しかったけれど、やっぱり読む方がいい。
それからしばらく、橋岡くんは箱を開けようとしてやめたり、机につっぷしてカフェラテをこぼしそうになったりと、騒がしい様子だった。
見ていて面白い。
誰にも見せたくない。橋岡くんの隣にいていいのか、相応しいのか考えたけれど、良し悪しじゃない。
一緒にいたいだけだ。
まだ見たことのない世界を、橋岡くんと一緒に経験したい。
私の出した答えに、橋岡くんはいつ、たどり着いてくれるだろうか。
了
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