橋岡くんの好きだけど嫌いな事

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 現在高校3年生、あらゆる初めてを経験している。  初めて読んだ本に感動して読書家になったけれど、あの小学5年生以来、あれ以上の感動はない。  何冊読もうと、どれだけ素晴らしい内容であろうと、母が夕飯を作る音を聞きながらダイニングのテーブルで読んだ同世代の子供たちが冒険する話には敵わない。  そんな初めてがどんどん減っていくのだと思うと、この先の人生が長く退屈なものに思えて仕方がない。80まで生きるとして、あと62年。長すぎる。  18年の人生の中で、中身が秘密のプレゼントは初めてだ。私は興奮を抑えながら、箱をじっと眺めていた。 「じゃ、読書タイムね!」  橋岡くんは、手にしていた本を広げた。しおりは挟まれていなかった。 「え、箱のヒントは終わり?」 「終わりです。ほら、ありちゃんも本出して」  明るい声で橋岡くんが告げると、私たちの間には沈黙が流れる。沈黙だけど、言葉が無数に溢れる時間だ。  私もトートバッグ内から本を取り出した。橋岡くんと真逆の、サイコホラー小説。昨日発売の新刊だ。  箱が気になるものの、本と入れ替えるようにトートバッグにしまった。  ここからは、活字の世界だ。日常で味わえる事、味わえない事、空想の産物を享受出来る唯一無二の時間。  紙の世界にとろけるように、没入するけれど、頭が冴えていく。周りの情景が目に入らず頭も体もが現実感をなくす感覚だ。自分の指が無意識に紙をめくる。読んでいる場所がどこで、自分が誰なのか、当たり前に抱く感情を手放せる。  手にしたミックスベジタブルジュースに、氷のかけらすらないことに気が付き、現実に帰る。  時間がどのように経過しているか、本の中にいるとまるで感じない。そういえば文字が見えにくいな、と思うと、外は薄暗くなっていた。
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