橋岡くんの好きだけど嫌いな事

6/12
前へ
/12ページ
次へ
 私は本にしおりをはさみ、深呼吸をして現実に戻る。  薄暗くなった頃合いで、なんとなく、この読書会は終わりを告げる。制限を設けるわけじゃないけれど、数を重ねていくうちにその空気感になっていた。  肩に力が入っていたようで、少し肩が凝っていた。 「どう? 面白かった?」  橋岡くんは残ったカフェラテを飲み切ってから私に問いかける。  私は読んでいた本をトートバッグにしまってから、先ほどまで一緒に主人公と過ごした緊迫した時間を振り返る。 「描写に圧倒されるのはいつものことなんだけど……でも、今のところはそこそこ、って感じかな」 「ありちゃんからしたら、最初にその作家に出会った作品以上のものなんてないでしょ」  苦笑いをしながら、でも否定することなく橋岡くんは頷く。 「そういうもんでしょ。橋岡くんは?」  ここで言い争うことはない。橋岡くんを困らせたくないから、私は話題を変えた。 「1回目、2回目ともまた違う感じ方ができているよ。ストーリーを追うこと、登場人物の内面を知ることだけでなく、この世界の匂いとか、色を感じられるようになってきた」 「匂いか」  もちろん、描写として描かれていれば感じられる。でも、書いていない文章から何かを感じたことはない。その感想は私にとって新鮮だ。  映画を観た後は、観た者同士で感想を言い合える。本は孤独だ。読むペースは違うから読み終えてすぐの感想を言い合うことはしにくい。  橋岡くんの充足した表情で本の内容を語る姿を見て、この会を継続して開催できて本当に良かったなと思える。好きなジャンルは違うから、内容については語れなくとも。 「困難があっても、二人で乗り越える。それが、人と人が好き合う理由なんだって思えるんだ」 「本当に好きなんだね」  読む本は違うとしても、作品を愛する時間を共有できる。そういった相手がいることが幸せだ。 「うん、好きだよ!」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加