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濃紺のスーツを身に纏い、颯爽と歩く男性が通り過ぎる。
透明な糸が繋がっているかのように、私は一歩を踏み出した。
大きな歩幅に合わせて、横断歩道の縞模様を渡っていく。
「黒色の所は踏んじゃ駄目だよ」
白色のペイントを踏んだ足先に、誰かの笑い声が届く。
しかし首を巡らせた先に私を留める人はいなかった。
…気のせいだろうか。
気を取り直すように前に向き直れば、男性は鞄を少し揺らしながら歩みを進めていた。
あの鞄には何が入っているのだろう。
お財布、定期入れ、携帯電話に、手帳?
浮かべたイメージはどれもぐにゃりと像を歪める。
思い出せないのか、それとも知らないだけなのか。
男性が振り返る。
まるで決められたようなタイミングで、ぴたりと。
薄茶色の瞳と、目が合う。
貴方は、誰?
失くしたものは見つからない。
私はずっと、探している。
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