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「なんだ兄さん、知っていたのか」
「親父は騙せても、私は騙せなかったようだな」
「兄さんは、俺のことを警戒しているからだろ。心配しなくても、次代のサイラス卿を狙ってはいないってのに」
随分砕けた口調だが、これがマルクの素なのだろう。
いや、口調を気にしている場合ではない。今の口ぶりでは、ディオンの指摘は図星……ということか。
「そんなに帝国に敵意を見せていたお前が、どうしてあの娘を娶ろうと思うんだ?」
「もう帝国は滅びたし、あの娘に恨みはない」
「嘘をつけ。星姫アスティリアーナだぞ?」
「……………」
マルクの沈黙が気になって、アスティリアーナは胸に手を当てた。相変わらず、鼓動が忙しなく打っている。
「お前は打算なしで動く男じゃないだろう?」
なじるような口調にも、マルクは動じなかった。
「答えるつもりはない、か。まあいい」
ディオンの声が近づいたことに気づいて、アスティリアーナは慌てて扉から離れて、速足で廊下を歩き出した。予想通り、背後で扉の開く音が響く。
焦りと混乱で、冷や汗が止まらなかった。
(リギル、助けて)
よりによって、どうして今夜いないのだろう。
いないとわかっているのに、僅かな希望にすがって彼の部屋に行ってみる。
鍵はかかっていなかったが、がらんとした部屋を見てアスティリアーナはしゃがみこみそうになった。
そして、ハッと気づく。
(反乱軍……)
反乱軍には、リギルもいたのだ。むしろ中心となって、戦ったはずだ。それなら、反乱軍に協力したマルクのことを知っていてもおかしくない。
思えば、マルクに会った時からリギルは変だった。リギルの方は、マルクを知っていたのだ。
だけど、それならどうして何も言わずに町に行ってしまったのだろう。
せめてマーサと相談しようと決めて、アスティリアーナはリギルの部屋を出たが――
廊下に、マルクが立っていた。
びくりとして、アスティリアーナは後ずさる。
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