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広間に入ると、見知らぬ青年が目に入った。
サイラス卿がアスティリアーナに気づき、一礼して後ろを振り返る。
「マルク! こちらが、アスティリアーナ様だ」
「……お初にお目にかかります」
青年は進み出て、優雅にアスティリアーナに向かって一礼した。
神経質そうなディオンと違って、快活な印象の青年だった。赤い癖っ毛は、後ろでひとつに束ねられている。細面の、なかなかの美男子だった。サイラス卿にもディオンにも似ていないところを見るに、彼は母親に似たのだろう。
優しそうなひとだと思って、アスティリアーナは安堵を覚えた。
「はじめまして。アスティリアーナです。お父君から、事情は――?」
「はい。おかわいそうに、アスティリアーナ様。故国を失い、さぞ心細いことでしょう。私でよければ、喜んであなたの伴侶となり、あなたを一生お守りします」
「まあ。とても嬉しいです。よろしくお願いします」
「頭なんて下げないでください。本来なら、私のような庶子には勿体ないお方でしょうに」
下げかけた頭を上げて、アスティリアーナは苦笑した。
「そんなことないですよ」
今や何の力も、権力も持たない娘なのだ、と言外ににじませると、マルクはいたましげに眉を寄せた。
「さあ、マルク。しばらくアスティリアーナ様と交流を深めなさい。ここに滞在するのも久しぶりだろう」
「そういえば、そうですね」
サイラス卿に向かって、マルクは苦笑いを浮かべる。
「普段は、どこにいらっしゃるのですか?」
アスティリアーナの問いに、彼はにっこり笑って答えた。
「少し離れたところに小さな城がありまして。もちろんサイラス領主の持ち物ですよ。小さいけれど、近くに町もありますし便利なところです。居心地もいいので、アスティリアーナ様にも気に入っていただけるかと」
え、と言いかけてアスティリアーナは気づいた。
(そっか。私が彼と結婚すると、私はその城で暮らすことになるのね)
ふと、マルクはリギルの存在に気づいたようだった。
「……彼は?」
「あ、ええと彼は――私が都に出る時、助けてくれた少年なのです。ここまでも、送ってくれて……」
「へえ」
マルクはリギルに視線を向けたが、リギルは軽く会釈しただけで顔を伏せていた。
特に気は悪くしなかったらしいが、マルクは首を傾げていた。
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