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アスティリアーナがマルクと共に行ってしまった後、マーサは廊下でアスティリアーナを待つと言ったが、リギルは自室に戻ることにした。
どうしても、考えたいことがあった。
部屋の扉を閉めて、長い息を吐く。
視線は虚空をさまよい、記憶を手繰る。
(あの男は――。俺は、知っている。あの男を)
反乱軍に協力した貴族のひとりだ。サイラスを含むここ一帯は、保守的な貴族が多かった。彼らの説得を請け負ってくれたのが、彼だ――。
当時は、ラクスと名乗っていた。偽名だったのだろう。まさかサイラスの庶子だったとは。
アスティリアーナを彼と結婚させて、大丈夫なのだろうか。
リギルは彼と話したことはない。数度、見かけたぐらいだ。交渉役は他の者がやっていたし、リギルは貴族と話すのが苦手だったので、敢えて忌避していたのだ。
だが、リギルは反乱軍の中心にいた。彼がこちらを知っていても、おかしくない。先ほどは気づかれなかったようだが……。おそらく、リギルがこんなところに、しかも帝国の姫を伴っているはずがない、という先入観のおかげだろう。
(俺に気づいた時、あいつはどう出る?)
皆目わからない、というのが本音だった。
彼は帝国に恨みを持っていると言っていたが、滅びた今、残された姫に同情を覚えたのだろうか? それとも立場が弱くて、結婚を断れない?
あとでアスティリアーナに、様子はどうだったか聞くしかない。心配ないなら、ひっそりと去ればいい。
彼と顔を合わせないように行動するのは難しいが、しばらくは辛抱しなくては。
(面倒なことになったな……)
アスティリアーナをサイラス領に送れば、これで終わりだと思っていたのに、妙に事態がこじれている。
もしかすると、自分とアスティリアーナの運命は思った以上に絡み合っているのかもしれない……。
眠気を覚えたリギルは、ベッドに寝転んで小一時間うたたねをした。扉をノックする音で、目を覚ます。
「リギル? 私よ。開けて」
アスティリアーナの声で起き上がり、ベッドから下りて扉に向かう。小さく開くと、穏やかな表情のアスティリアーナが立っていた。
近くにマルクがいないことを確認して、扉を更に大きく開く。
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