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「どうした?」
「ちょっと、リギルに報告したくて」
「ああ……。入れよ」
促すと、頷いてアスティリアーナは部屋に入って来た。
しまった、とリギルは今更後悔する。
婚約が決まった女を――いやそれ以前に未婚の女を部屋に入れてふたりきり、というのはまずいだろう。
家では気にしていなかったから、油断が出た。仮にもここは貴族の城だ。
慌てるリギルをよそに、アスティリアーナはすたすたと窓辺に近づく。
「マルク様と話したの。彼はとても、誠実な態度だったわ」
「……そうか」
じりじりと、心が妙に焦れつく。
マルクが誠実なら、いいことなのに。
「多分、これで決まると思う。マルク様が住んでる、サイラスの別のお城で暮らすことになるわ」
アスティリアーナの横顔を、窓から差し込む陽の光が照らす。白い顔に、青みを帯びた黒い髪。何より、けぶるような美しい目。
本当に、絵に描いたようなお姫様なのだ。
ひととき、共にいたことがまるで奇跡のようだった。
彼女から目を逸らそうと、リギルはうつむいた。
「変ね」
アスティリアーナがぽつりと呟き、顔を上げる。
彼女はこちらを、泣き笑いのような表情で見つめていた。
「これで安心していいはずなのに。あなたと、離れ難いの」
そう言ってすぐ、アスティリアーナは慌てたように片手で口を塞いで、頬を染めた。
時折、勝手に口から言葉が零れ出ることがある。さっきのは、そういう瞬間だったのだろう。
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