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「どうして」
冷たい声が出た。アスティリアーナは怯えたように身をすくませたが、すぐに口を開く。
「……リギルはとても、優しくしてくれたもの。いっぱい、助けてくれたわ。私、リギルの手ってすごいと思うわ。何でもできるもの。戦えるし、料理できるし、馬車を動かせるし、薪割はできるし……」
アスティリアーナは、とんちんかんにリギルを褒めてきた。思わず、苦笑が漏れる。
彼女は何を言いたいのだろう? わかるのは――彼女が、リギルにほのかな――情を抱いているのであろう、ということ。
しかし、これを受け入れるわけにはいかない。そんな淡い想いで、アスティリアーナの人生を台無しにしてしまっては、いけない。
アスティリアーナは、リギルへの憎しみに気づいていないだけかもしれないのだから。
リギルは、早鐘を打つ心臓を意識した。
(俺も大概、青いな)
敢えて冷静なふりをして、リギルは彼女に一歩近づく。
そのひんやりした薔薇色の頬を、両手で包み込む。美しい目を覗き込んで、リギルは囁く。
「お前の褒めてくれたこの手で、俺はお前の兄弟を戦場で殺した。お前の父親を処刑に追い込んだ」
「――!」
アスティリアーナは愕然とし、唇を震わせた。追い詰めるように、リギルは更に続ける。
「俺は、お前の国を滅ぼした」
「そんなこと……言わないで……」
透明な涙が、彼女の目から零れ落ちる。頬をすりつけて、その液体のなまあたたかさに陶然として。
それでも、突き放す。
「ここで幸せになれよ、アスティリアーナ」
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