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「姫」
「……こんばんは」
震えそうになる声で、どうにか挨拶をして一礼する。
傍らに、ディオンはいなかった。
(怯えることないわ)
きっと彼は、おやすみの挨拶をしに来ただけなのだから。
そこでアスティリアーナは、自分がリギルの部屋から出て来たことを不審に思われないかと考え、言い訳のようなものを口にした。
「あの、リギルが帰っていないか、たしかめたくて……」
もごもごと、扉を振り返って言うと、マルクは目を細めた。
「ああ、あの少年ですか。彼は何者ですか?」
「私を助けてくれたひとで……」
「どこかで、見たことがあると思ったんですよね」
彼の声音から温度が失われていることに気づいて、アスティリアーナは青ざめた。
マルクの顔には松明のあかりが陰影を作っていて、秀麗な顔立ちなのに、ぞっとするほど恐ろしい形相に見えた。
「先鋭のリギル。それが、彼の二つ名でした。反乱軍きっての、名剣士。貴族嫌いとのことなので、私は会えなかったのですけどね。私は、各地に友達がいまして。彼が反乱軍を見切って、帝都を出たことを知らされましてね」
マルクは一歩、アスティリアーナに近づいた。
「遠目には見たことがありますので、すぐに気づきましたよ。あなたは彼に助けられたのですね。皮肉な話だ」
後ずさるうちに、扉に背が触れた。
「星姫アスティリアーナ。星神教の、最高位の巫女姫。私は――あなたを、ずっと憎んでいた」
「…………!」
息を止めたアスティリアーナの首に、マルクの手がかかった。
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