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1 弓兵 アゼル
王都の市場は活気ある声に包まれている。露店が立ち並び、商人たちは声を張り上げて行き交う客を引き寄せようとする。巷は景気がいいのだろう、商人の宣伝文句につられて財布を緩める者も多い。
その中で、背の高い男がひたすらに前を一心に見据えながら歩いている。
男の身長は百九十センチを超えているだろうが、細身のため一見そうには見えない。しかし不健康な細さではない。筋肉質で引き締まった均整の取れた体型である。浅黒く精悍な顔立ちであるため、界隈の女性の売り子が猫なで声で男に声をかけるが、見向きもしない。
男はまっすぐ歩き、果実店の前で足をとめる。葡萄はあるかと店主に聞く。お兄さん、また来たねと店主は男に言う。店の奥の棚から葡萄を取り出す。籠の中にしまわれているそれは、おそらくこの店で最上級のものらしいみずみずしい輝きを放っている。
「あんた相手に、お金はいらないと言っているのに。」
「そうはいくまい。お前が路頭に迷っても困るのだ。」
「馬鹿にするなよ、毎週、葡萄ひとつくれてやるだけで潰れる店だと思うな。」
「どうだか。俺が餓鬼の頃からこの店はあるが、相変わらず客はいない。」
「阿呆が。露店は趣味でやっているようなものだ。うちの大口の相手先はお前さんのような小口の客ではない。飯屋みたいな大きなところが専門なんだ。何度も言わせるな。」
「そうかい。でも金は払うよ。」
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