1 弓兵 アゼル

2/11
前へ
/283ページ
次へ
 そう言って置いていかれた金は店主が言った金額よりもはるかに多い。この葡萄を食べるのが誰か知ったら、いや、お前さんが誰か知っただけでこの界隈の店は商品を無償で差し出すだろうにと呟いた。  背の高い男の名前はアゼルという。三年前に世界を呪った魔女を倒した英雄アルフレドの仲間の一人である。メンバーの中では後方支援を得意とする弓兵であったが、頭が切れるため参謀的な役割も果たしていた。英雄アルフレドとはメンバーの男性陣の中では最も年齢が近く、悪友のような関係性だったという。  アゼルは王都の中の貧乏貴族の三男に生まれた。大した名家ではない上、上に兄が二人もいることから家の援助なく一人で生きていく道を選び、軍学校に入った。頭脳明晰なことと比類なき弓の実力のおかげで成績はトップクラスであったが、上官や先輩に盾突く生意気な性格と冷笑癖から学校での評判は芳しくない。  彼が英雄アルフレドと同行した最初の理由は、軍からの命令であった。聖剣の英雄の存在は魔女すら危惧するほどのものである。英雄の動きは魔女を刺激し、余分な殺戮をさせる可能性がある。英雄が仮に下手な行動をした場合、即座に暗殺することが彼の仕事であった。  十年前、魔女が世界に呪いをかけた。穏やかな海は年中荒れ果て、空には暗雲がたちこめた。光を失ったため植物は徐々に枯れてゆき、それを食物としていた野生動物たちは徐々にその数を減らしていった。魔女は積極的な殺戮は行わなかったものの、人々は徐々に飢えで死んでいった。作物も育たず狩る獣すらいないのだ。人間の滅びは間近であった。  当然、各国は魔女の討伐隊を派遣した。正規の軍人たちはもちろん、腕自慢の傭兵たちも交えた軍が魔女の住むこの世の北の果ての城へ攻め入った。しかし、そのすべてが城の罠や魔女が召喚した魔物、そして魔女自身の呪文により倒されていった。
/283ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加