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こんなところで死ぬのか。
まだやることがあるのだ。やらなければならないことが。
うるさい。そんな叫び声をあげるくらいなら、斬り込んで来い。
苦しい。まだだ。まだ死ねない。
呼吸の音が邪魔だ。鉄の味が不味い。いつもいつも、邪魔なんだよ。
志を、いつもこの躯が邪魔をする。
――.......
「はぁっ……はぁっ……」
クソッ! なんじゃこれっ!
衝撃と激しい剣跋に上がる息と、制御の利かない、余裕を許さない鼓動。目の前を塞ぐ人間を、命の重みなんて知らぬまま、ただ斬り崩す。心情を覆うのは理不尽な怒りだけだった。
なんで此処に……壬生狼の野郎が来やがるんじゃ……!
元治元年六月五日、池田屋。
京に火を掛け、天皇を長州に連れ去る。朝敵の汚名を着せられて京への出入りを禁じられた長州藩士に取り、苦肉の策であった。
しかし、その決死の作戦決行を談合中の旅籠・池田屋に、招かれざる客が現れた。当時京都守護職を任じられていた会津藩主松平容保公御預・新撰組……徳川幕府最後の砦である。
「ナギ……ッ二階はわしらに任せろっ」
息を吸う度に乾いた咥内に入り込む、不快な生暖かい空気にむっとする。
「ばっ……! わしはよう逃げん!」
僅かな蝋燭の灯を闖入者に吹き消され、辺りは真っ暗。月明かりが白々と浮かび上がらせるのは、味方か敵かも見分けのつかない人間の肌だけだ。
「階下の奴手伝いしちゃれっちゅうんじゃ!」
敵の数は明らかに少ない。二階に突入してきたのはたったの二人だった。
突如に開いた襖から、背景を塞ぐ仁王立ちの男・新撰組局長近藤勇が大音声を上げた時には文字通りの乱闘が始まっていた。正しくは慌てふためいて刀を取ろうとごった返した。旅籠の気楽さに油断し誰も傍らに置いておらず、隅の方にまとめてしまっていたからだ。
姿さえ朧な斬り合いでは人数の少ない方が有利かもしれない。味方を傷付ける心配もなく思い切りやれる。それをさらに助けるのが先程の二人、特に近藤の甲高い気合である。これでは味方を間違えようもない。
「……翔野、死んだらいけんぞ!」
「たりめぇじゃ! わしらの志を幕府の走狗に阻まれて堪るかっ」
生き残る気だった。だから互いに目線も合わせぬまま、互いに守る背中が離れた。
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