ウィンストン・キャスター

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ウィンストン・キャスター

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とはよく言ったものだが、固体も液体も気体も記憶も変わらず忘れてしまうものだなあと思う。  あの夜月にまで誓った僕は、相も変わらず熱くて汚い煙を楽しそうに吸ったり吐いたりしている。変わったことと言えば、彼女の前で吸わなくなったことと、銘柄である。少しの違いに見えるがこれらは大きな変化であり、前者は彼女にバレることを防ぎ、後者は時間短縮や費用削減などを実現した。特に大きかったのが匂いの変化である。今までの特徴的な副流煙とは一転、バニラのような鼻触りのいい香りを僕が纏うようになった点である。これにより僕は、彼女に怒られることなく、むしろ新調した香水を自慢するように、堂々と喫煙することが可能となったのであった。主に駅前の喫煙所で。 『今どこ?』 『もう3時過ぎてるんだけど』  彼女から連絡が来た。  おっと、至福の時間を満喫し過ぎたようだ。持続時間が短くなった分本数が増えていけないな。帰りに補充しておこう。そんなことを思いながら僕は今日何本目かわからないウィンストン・キャスターの火を消して彼女との待ち合わせ場所に向かった。
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