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「これは絶対にいける。選ばれきゃあいつらの頭が狂ってる」
善次は書きかけの企画書を眺めながら、震えていた。将司は善次を見てフッと笑い、珈琲を一口啜る。二人は映画会社で助監督として働いている。社内の映画企画コンペがあり、将司と善次は協力してひとつの企画を練っていた。
「でもな善次、やっぱりクライマックスがまだ弱い気がするんだよ」
「だからここで馬鞍川譲に最大の危機が訪れるわけさ。ビルで宙づりだ」
「なるほど。こりゃあいい」
善次は得意げにタバコをふかす。
「なあ、そういえば最近栄子ちゃんとはどうなんだい」
「うん」
善次の顔つきが急に強ばったのを、将司は見逃さなかった。
「どうした」
「なあ、俺さ、この業界から足洗うわ」
将司は善次のあまりにも唐突な告白に、口を開けたまま茫然とする。そして、机の上の企画書に目をやった。
「これ、どうするんだ」
「おまえのもんだよ、将司。俺の代わりに監督になれよ。すげえ監督に」
「何があった」
「栄子が妊娠したんだ」
将司はそれを聞いて、なぜか子どものように少しムキになってしまう。
「それだって続けられるだろ」
善次は静かに首を横に振り、タバコを一服する。煙の流れる方向をぼんやりと眺める善次の心はここにあらずだった。
「栄子と子どもを幸せにしたい」
「急にどうしたんだよ。映画、好きじゃねえのかよ」
「好きだよ。でも栄子の方が大事だと思った。その時点で俺、終わったろ」
善次の悲しみと幸せが混じったような表情を見て、将司はそれ以上何も言えなくなった。ただ悔しくて、歯を食いしばりながら俯いた。
二人で考えた企画は見事社内のコンペで優勝した。将司はめでたく監督デビューする。善次は心から喜んだが、その態度が将司を後ろめたくさせた。それに気付いたのか、善次は「撮り続けねえと、怒るからな」と笑った。
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