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その後も将司は作品を撮り重ね、そこそこ名の知れた監督になった。でも、将司の頭の片隅にはいつも善次のことがあった。「いちばん一緒に映画を撮りたい奴とは、一生撮れない」そんな風に思いながら、あっという間に何十年も経ってしまった。人生は一瞬だ。
将司は70歳で監督を引退した。それからは毎月、善次と会った。将司が監督業で忙しかった頃は、数年に一度連絡をとれば良い方だった。その時間を必死に埋めたかった。もう善次とはこの世に作品を生み出すことはできないだろう。でも、何かを作り出せるかも知れないという浮き立つ想いは、何歳になっても感じることができる。それを今は善次と感じたい。
現在、善次は妻の栄子と娘に先立たれ、一軒家に一人暮らしをしている。今日は病院に薬を取りに行くからと、善次は将司と喫茶店で会いたがった。指定された喫茶店は若かりし頃の二人が企画を練っていた場所だ。二人は年老いたが、変わらない場所もある。将司は善次との時間が自分にとっていかに大切かが、この喫茶店の存在によって証明されているのだと思った。善次は席に着くなり、タバコを燻らせた。
「辞めたんじゃなかったか」
「辞めるのはとっくに辞めた」
善次は煙の流れる先を見つめたかと思うと、手で煙を払った。将司は善次を見て、昔はずっと煙を眺めていたのに、と思った。すると、善次はそれを察したようにはにかんだ。
「あっちにいる栄子と麻子にバレるのはごめんだからな」
それから二人は頑固な隣人や体裁ばかり気にする親戚の話などをしながら、日の目を見ることのない映画の企画を考え出した。
「そいつは面白い!」
「今やってるどの映画より傑作だ」
するとふと、「そういえば」と善次が思い出したように語り始めた。善次が居間の奥の和室に布団を敷き、まどろんでいたときのことだ。部屋に勝手に年老いた男が上がり込んできたというのだ。「警察には?」と尋ねる将司の心配を余所に、善次は話し続けた。
「それでな、次々カメラやら照明やら機材を持った大柄の男や女や、いかにも役者然とした男女が部屋に押しかけてな。俺に許可も取らず、勝手に俺んちをセットにして映画を撮り始めたんだよ。酷い話だろ」
将司は始め、善次のいつもの冗談かと思って聞いていた。でも将司にはわかる。善次の冗談と、本気のときの話し方や表情の違いが。今の善次は完全に後者だ。
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