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零 『アーメン…』
──真夏の出来事であった。
二〇〇二年八月、山梨県は忍野村にて、次のような珍事件があった。
忍野とは、山中湖にほど近い静かな場所。ドライブコースにもなっている忍野八海が有名だ。
八海と言っても、山梨県には一つだって海があるはずもなく、これは富士山の湧水で出来た池のこと。
その日も、煮えたぎるような暑さをしのごうと、各地から多くのドライブ客が、その名水を目当てに押し寄せていた。
富士山の湧き水と言えば、何処までも澄み切っていて、だから綺麗で、美味しそうであることくらいは誰にでも想像がつく。が、忍野の水は想像を超えて美しい。初めて見た人間は感動を禁じ得ないだろう。
だから、誰もが池の中を覗き込む。
そして人の背丈よりも深い池の底から、砂を押し上げながら沸々と湧き出ては、水面に波紋を広げる液体の宝石に目を奪われる。
──まだ二十歳前後だろうか、やはり富士山周辺をドライブ中にここを訪れた、若い男女五人のグループもまた、降り注ぐ太陽にきらめく池の水を見た途端、魂を吸い取られたように童心に返った。
その中の一人、杉村実香は、三名の女性陣の中で最も小柄で、けれど色香漂う目鼻立ちが秀でて美しい女性だった。
五人は夢中で池の中を覗き込んでは、皆でワイワイと声をあげながら、しばらくの間、はしゃいでいた。
ところが、そのうちに実香が、本当に魂を吸い取られてしまったような声で、ボソリとこんな事を言い出したのだ。
「池の底に誰か居る──」
普段から冗談を言うようなタイプではない実香だったが、勿論、仲間はこれを冗談ととらえた。
事実、池の水の奥まで見下ろしても、絶え間なく沸き上がる湧水に池底の砂が吹き上げられているのみで、人の姿などあるはずもなかった。
だが実香は、池底の砂の中に誰かが潜り込んでいて、さっきその人物と目と目が合ったと言うのだ。
仲間たちは、見る間に瞼が落ち、瞳がトロンと淀んでいく実香を、一体どうしてしまったのだろう、と案じると同時に奇妙な目で見た。
いや、実際に彼女はどうかしてしまった様子で、突然、奇声をあげたかと思うと、その場から勢い良く駆け出し、そのまま姿を消してしまったのである。
そして今も尚、行方不明のままだという。
──しかも、このような珍事が三日間で三件、立て続けに起きたと言うから益々奇妙。
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