四 『ハレルヤ!』

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四 『ハレルヤ!』

 移動中もずっとタンデムシートで背中に張り付いていた美少年、桜根洋斎に、だから目的地に着いた頃には、杉村実香は完全にのぼせ上がっていた。  そんな状態で実香のオートバイがやって来たのは、忍野村にある例の教会である。 「ここが悪の巣窟か──」  ひょいとオートバイから飛んで降りて、教会の屋根に掲げられた十字架をチラと見上げながら言った洋斎に、実香は困ったような声で言った。 「お願いだから、祥仙様を悪く言わないで…」  自分もオートバイから降りて、それからヘルメットを外した実香は、乱れた髪を色っぽく手櫛で直しながら洋斎の方を見つめる。  ここへ来るまでの間、オートバイのタンデムシートで彼女に身を寄せながら、洋斎は何を言い、どのように振る舞ったのか、もはや実香の眼は恋人を見る女性の瞳そのものだ。 「洋斎君が私を心配してくれるのは嬉しいけど、私は自分の意志で祥仙様にお仕えしているの」 と、まるで恋人に接するような口調になっている。  そんな実香に、洋斎はいたずら少年のように口を尖らせて言った。 「だからぁ、君はその祥仙って奴に洗脳されちゃってるんだよ」  聞きたくない、とばかりに目をつぶって首を振る実香に、洋斎は構わず続ける。 「君をここに半ば軟禁状態にしてるのも、恐らくは奴の施した黒魔術の効果を継続させる為に違いない」  だが、実香は苦しそうに顔を歪めて返した。 「たとえ、洋斎君の言う通りだったとしても、それは神の為にしていること。祥仙様にお仕えすることは、神にお仕えすることなの!」  この短時間で、実に驚くほどに実香の心を開いて見せた洋斎だったが、また、これまでにも少なからずの女性を自分の虜としてきた洋斎だったが、これほど頑なに実香を洗脳している祥仙の黒魔術に、また口を尖らせた。 「祥仙の真の目的は、君たちにキリストの爪を守らせることじゃない」  実香もまた、優奈のようにそれを胸の中に仕舞っているのか、そっと胸元を手で押さえながら、洋斎に訊いた。 「じゃあ、何が目的なの?」  洋斎は答えに詰まった。 「それは…、まだ分からない──」  整った顔に、フッと寂し気な微笑みを浮かべると、そこから大量のフェロモンを発散させながら、実香は恋する洋斎に言った。 「もしも洋斎君の言う通り、祥仙様が私を危険な目に遭わせるような事があったら…、その時は本当に私を守ってくれる?」
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