一 『五感夢中の術』

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一 『五感夢中の術』

 ──群青の空は高く、すっかり冷たくなった風が紅葉の森を揺らす秋。 その森を貫くように伸びた国道を、颯爽と自転車で駆け抜ける一人の美少女があった。  もはや季節外れと思える、胸元も露わなタンクトップに、お尻が見えそうなホットパンツと言った軽装は、男女を問わずに人の目を引き寄せたし、激しくペダルを漕いで汗ばんだ肌は、その視線を吸い付けて放さなかった。  それは、見事なまでの健康美であり、そして魅惑的な色香だった。 強く、一定の速さでペダルを漕ぐしなやかな美脚。 サドルの上で激しく揺れる桃のような美尻。 くびれたウエストから続く、丸くて大きなバストライン。 荒い呼吸の度に起伏を繰り返す、真っ白な鎖骨…。  すれ違う車のドライバーたちは、誰しもがその顔を確認せずにはいられなくなり、実際にそうすると、また強烈に心を打たれた。  赤ん坊のように艶やかな肌を、ぱっくりと裂いた弾力感のある唇。 嫌味のない鼻筋から小さく膨らんだ小鼻。 そして、水晶のように輝く大きな瞳。  それらは、明らかに十代の初々しい健康美でありながら、けれど全てを知った女性のような妖艶さも併せ持っていて、つまり彼女は、可愛くて美しかった。 「おや?」  人知れず声を発したのは、たった今、自転車の美女とすれ違った十代後半の少年。 こちらは徒歩であったが、雪だるまみたいに丸い体型をしていて、その上にやはり丸い顔が乗っている。 しかも、その余りあるぜい肉が、ブヨブヨにたるんでいるものだから、これまた別の意味で人の目を引く容姿だ。  だが、よほど先を急いでいるのか、自転車の美女の方は、一切ぜい肉少年には目もくれずに、むしろ全力に近いスピードでその横を通り過ぎた。  これに対し、ぜい肉少年の方はしっかりと自転車の美女の頭の天辺から足の先までをチェックしていた。いや、すれ違いざまの一瞬で凝視したと言っていいだろうか。 とにかく、彼女の整った顔をしっかりと確認した上で、思わずそちらを振り返り、その後ろ姿を眺めながら小さく呟いたのだ。 「間違いないな──」 その目は、遠ざかる自転車のサドルの上で揺れる、美女のお尻に向けられている。 「そろそろ、ほとぼりが冷めた頃と判断して動き出したらしいが、それにしても、あまりにも無防備…」
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