三 『黒魔術?』

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 大きな声を出さないように、奥歯を噛み締めながら貫斎は嘆いた。 見下ろす眼下で今、神父がゆっくりと、優奈の胸の谷間に手を伸ばしたのだ。  神父は、人差し指と親指を窮屈そうに優奈の胸の谷間へとねじ込むと、そこから例の、キリストの爪とやらを摘み出した。  優奈に惚れている貫斎だから、これにはイラッと来ても無理もないが、今はただ指を(くわ)えて見ている他ない。  「よろしい。言い付け通り、肌身離さずにお守りしていたな」  ミハエル祥仙神父に誉められて、優奈は何処か遠くを見たような目のまま、乙女のようにポゥと頬を染めて言った。 「はい、祥仙様」  祥仙神父は、再びキリストの爪を優奈の胸の谷間にねじ込みながら、静かに眼を閉じて申し付けた。 「シスター優奈、そなたの命に代えても、この神の爪をお守り通すのだぞ」  優奈は、また乙女のように言う。 「はい、祥仙様」 「なんだあれは、人使いの妖術か?」  貫斎は、祥仙がさっきから時折、ロウソクの炎にお香の粉のような物を振り掛けては、そこから怪しげな青白い煙が上がっているのを見つけて言った。  どうやらその煙を吸い込むことで、優奈が祥仙の虜にされているのだと看破したのだ。 「黒魔術じゃ…」 「黒魔術?」  貫斎は怪訝な顔をして聞き返した。 「さっきから随分と物知りだな」  これに英斎は、無表情で貫斎を叱った。 「我ら根来組は、今でこそ警視庁の隠密部隊に飼われておるが、元々はその名の通り、根来寺の僧兵出身。他宗教のことも多少は勉強しておけ」 「南無…」 ここをキリスト教の教会と忘れたか、貫斎は何食わぬ顔でそう返し、それから思い出したように言った。 「まぁ、とにかく、今回の一件にはあの爪が絡んでるってことか──」 「いかにも」           ○ 「お嬢さん──」  信号待ちの最中にオートバイの前にひょいと現れた少年に、その女性ライダーはキョトンとした眼になった。  見た感じは十代後半か、明らかに自分よりも年下であろうと思われる少年の表情には、まだ幼さえ残っている。 そんな見知らぬ少年に、突然『お嬢さん』呼ばわりされたのだから、呆気にとられるのも無理はない。  ただし、彼女の方もまだ二十歳前後の肌艶であるから、相手が少年でさえなかったら、『お嬢さん』で何ら不自然ではない。 「お嬢さん、あなたですよ」
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