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オートバイの前に立ち塞がった少年に、随分と図々しい、けれど不思議と爽快な笑顔を再度、投げ掛けられた女性ライダーは、ようやく我に返って、だからポッと頬を紅く染めた。
──見れば少年は、女よりも綺麗な肌をし、絵に描いたように整った顔立ち。少なくとも彼女が人生の中で目にした男達の中で、一番の美少年だったのだ。
「お嬢さん、聞こえてます?」
百六十センチに満たない身長と相まって、細く高い美声は、ひょっとしたら彼は男前の女の子なのか、と疑わせたが、しかし喉仏や骨格を見れば明らかに男である。
いや、この世に無二とも思える彼の美しさは、仮に女として生まれていても充分以上に通用したであろう、性別など超越した芸術品だった。
「タンデムシート、空いてますよね?」
女性ライダーは、さっきからドキドキと高鳴って止まない鼓動に戸惑っていた。自分は間違いなく、この美少年に一目惚れしてしまったと──。
「良かったら、僕を乗せてくれません?」
少年の押しの強い笑顔に、女性ライダーは脳で考えるより前に頷いていた。
「ありがとう」
爽やかにお礼を言うと、少年はサッと身軽にタンデムシートに跨った。
そうしてスルリと女性ライダーの腰から腹部に手を回すと、ピタッとその背中に掴まる。
「えっと…、何処へ行きたいの?」
女性ライダーが初めて発した声は、乙女の告白のように震えていたが、これに白い歯を見せて、風のように微笑んだ少年は、相変わらず爽やかだった。
「君と同じ所さ、杉村実香さん」
ハッとして、女性ライダーは腰に回された美少年の手を解こうとした。
しかし、見た目からは想像も出来ない力の強さ、少年の手は解けるどころか、むしろグイグイとウエストを締め付けてきた。
「怖がらなくても大丈夫、僕は君の味方だよ」
息が詰まるほど締め付けられて、実香は諦めたようにもがくのを止めた。
「どうして私の名を?」
既に信号機は青に変わっているが、他に車が無いのを良いことに、二人を乗せたオートバイは停車したままだ。
背中にピタリとくっついた少年の逞しい胸が、呼吸の度にグイと押しつけられてくるのを感じながら、実香の恐怖心は徐々に薄れ、と同時に、少年への好奇心が再び熱くなっていった。
すると少年は、実香の背中から囁くように言った。
「俺の名は桜根洋斎。君を守る為に来たんだ」
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