カイ・下

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 大きな黒い翼が上下にゆっくりと揺れるのが見えた。その翼が動く度に、ものすごい風圧がカイを襲う。思わずチビを抱く腕の力を強めた。その間、目を開けていられない。嫌な予感だけが脳裏をよぎる。そこに足をつけていることが精一杯で、場を離れることすら出来ない。むしろ、背を向ければ残されるのは死だと予感した。いや、背を向けずとも死ぬ。  俺は今ここで死ぬ  カイはそう直感した。  風が勢いを弱めたあと、生温い空気がカイの前髪を遅れて揺らす。肌にまとわり付く温度が妙に高かった。  カイの目が捉えたものは、巨大な漆黒のドラゴンだった。長い首や顎、頭部に鋭い刺を備えた鎧のような皮、大きく広がった翼の皮膜には太い血管のような筋がいくつも通い、その様子からこの生き物の生命力の極大さを感じ取った。  体の芯が一瞬|凍(い)てついたあと、すぐにじわじわと熱くなる。忘れもしない、対峙したときの独特な温度、気迫、そして燃えているにも関わらず、捕われた者を凍りつかせる鋭い眼差(まなざ)し。このドラゴンは、自分の大切な両親の命を奪った張本人だ。  ここで命を落とすことはわかりきっていた。この状況で助かることなどまずありえない。自分が死ぬのは構わない。だけど、ここを抜けられれば町へ被害が行く。  カイは腰のポケットから発煙弾をさぐった。  これは投げれば爆発し大量の狼煙(のろし)を上げて砦へ知らせる物である。  ――待ってくれ。  どこからか、そんな声が聞こえた。  一瞬カイの手は止まる。  ――お前を襲う気はない、話を聞いてほしい。     
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