冷たく優しい手

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冷たく優しい手

 淑女の部屋に居座るには非常識な時間帯になったことに気が付き、ヴィダルは窓を閉めてからその部屋を後にした。  少しだけ欠けた月の回りに、スープに落とした卵白のような雲がまとわりついている。  ついにカイは戻ってこなかった。彼の家に明かりがついていない所を見ると、まだ帰っていないのだろう。  ヴィダルは迷うことなく森へ向かった。   ・ 「帰らないか? 私はベッドで寝たい」  ヴィダルは、平たい岩に腰を掛けて俯いているカイの隣に座った。  掛けられた声に上げる顔は憔悴しきっている。ヴィダルはこれに見覚えがあった。まるで食べられる前の希望を失ったウサギだ。 「俺のせいで、契約者にしちまったせいで……ルシアはあんな所に閉じ込められたんだ」  震える声のカイにヴィダルは答える。 「一体彼女は誰に閉じ込められたんだ」 「……母親の側近……」 「なら君のせいではない」 「……原因を作ったのは俺だ」 「終わったことを嘆いても仕方がなかろう」  そんなことは分かっていた。  終わったことなら仕方がない、明日から頑張るぞ。と思えればどんなに楽か。それができないからここでうじうじと悔やんでいるのだ。     
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