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卵と粉を混ぜた菓子を作った後で、使われた深い器が洗われる事を忘れられキッチンに放置されている。一番初めにその存在に気が付いたのはヴィダルだった。
「おい、すぐに洗わないと取れなくなるといつも……」
そう言いかけてやめた。木桶に入った水にその器を浸したとき、その汚れが自分の心の中にもあったことをふと思い出した。
それは、自分が母にカイとの契約の話を聞いた時から、ずっと心にこびりついていた。カチカチに固まって、撫でたくらいでは簡単に取ることもできない。たまにその存在を忘れることがあったとしても、手触りの悪さにすぐに思い出す。たったひとつの救いは、この汚れからたまに甘い香りが流れてくること、それはなかなか悪くなかった。
今はもう、ない。その汚れがどれほどの重さを持っていたのか知らないが、心がとてつもなく軽く感じ、今までより若干高く飛べるようになったくらいだ。だが同時に、少し寂しくもあった。汚れという言葉で表すには、少し汚れていなさ過ぎたのかもしれない。
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