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【210年】  朝から降り続けていた小雨は止み、徐々に太陽が顔を覗かせる。雲の隙間から差し込んでいた頼りない光の筋は、だんだんと太くなり辺りを照らし始めた。  カイはスコップで檻の前を整備しながら彼女が泣くのを黙って聞いていた。一時は大きく泣きわめいていた声も少しずつ落ち着きを取り戻し、ついにその人は口を開く。 「……ごめんなさい。取り乱してしまいました」  カイの心の中で今まで機能していなかった部分が、このとき初めて動き始めた。自分以外の人間の言葉を聞いたのは何年ぶりだろう。その細く弱い、意味のある言葉を耳にした瞬間に、目頭が熱くなるようだった。  カイは辺りを用心深く見渡すと、小さな声で話した。 「俺はカイ。君の名前は? なんでそんなとこに居るの? まさか閉じ込められてるのか?」  少女は不安げな表情で彼を見つめた。長いまつげに残った涙が、まばたきをした瞬間にポタリと落ちてどこかに消えた。その濡れた瞳に射られたカイは、自分の心臓の音を耳のすぐそばで聞いているような、不思議な感覚をおぼえた。 「ルシアと申します。もうずっとここに。外を見られたのは何年ぶりかしら。人間に会ったのも」     
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