第二十六章 王女殿下がXXXの丸焼きをお召し上がりなるまで 

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「すまないな、ユウト。――そうだ、そこの階段を下がってあとは真っ直ぐ行ってくれ」  アリスの体重も、セフィーゼと同じか、それ以上に軽い。  そして、一度おんぶしてしまえば、アリスはもう抵抗しなかった。  僕の背中にもたれかかりながら、顔をぴったり寄せ、朦朧とした声で迷路のような城内を案内してくれる。 「しかし人に負ぶわれるなぞいったい何年ぶりのことか。おそらく幼い頃、父ルドルフにしてもらって以来だな」  と、アリスはしみじみと懐かしそうに言った。 「思えばあの頃はまだ悩み知らず、幸せな毎日を過ごしていたものだ」  アリスの父ルドルフ――  つまりロードラント王国の国王で、この国で一番偉い人のわけだが、そんな微笑ましい思い出があるなんて、アリスにとっては普通の良きパパだったのかもしれない。  そして、ルドルフ王といえば……。  僕はエリックから聞いた噂を思い出し、アリスに尋ねた。 「アリス様。あの、国王様は今、どこかお加減が悪いとお聞きしましたが――?」 「――ん? なんだと?」  アリスの声が急にはっきりとした。 「ユウト、それをどこで耳にした」  あ……! しまった!  王様が病気かもしれないことは、極秘事項なんだったっけ。  それを軽々しく口に出してしまうなんて、ちょっと迂闊(うかつ)だったか。 「まあよい」  だが、アリスは口を濁す僕に言った。 「隠しておいてもそういったことはいずれ明るみに出る。そして人の口に戸は立てられぬ。その通りだ。父はここ数か月の間病に臥せっている。今も決して楽観できない状態だ」 「……やっぱりそうだったんですか」 「ああ。だからこそ、この度の戦いで私は反乱を何としてでも鎮圧し王都に凱旋せねばならなかった。病床の父を少しでも安心させたいのは無論のこと、私が王国の後継者たる資格があることを宮廷の者たち示すためにもな。だが、それもどうやら失敗に終わりそうだ――」 「そ、そんなことないですよ。勝負は最後の最後まで分かりません」  とは言ったものの、名目上ロードラント軍の総大将たるアリスの立場は極めて厳しい。  圧倒的な戦力で攻めながら、まんまと敵の罠にかかり主力は壊滅。  王都に援軍を要請したうえで、命からがら逃げ込んだ城を敵に包囲されたとあっては、ほぼ敗戦したも同然だからだ。   「――ユウト、どうした?」  なんて励ましていいか分からず黙ってしまった僕に、逆にアリスが声をかける。 「い、いえ。別に……」 「心配するな。私はそんなことで挫けるほどやわではないぞ」  とてつもない重圧を一身に受ながらも、気丈に振る舞うアリス。  けれどその言葉に力はなく、どこか寂しく(はかな)げですらあった。  そういえばアリスは数日前までは熱で寝込んでいたわけだし、回復してからもずっと戦い通しだったのだ。  このままだと案外早く心身ともに限界が来て、今は地下に捕えられているセフィーゼのように、ある日突然ポキリと折れてぺシャッと潰れてしまうかもしれない。
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